社内研修の講師を決めるとき、「そのテーマに一番詳しい人にお願いしよう」と考えるのが普通だと思います。もちろん、それでいい場合もあります。ただ私は、一番学んでほしい人に、あえて講師をお願いすることがあります。
これは、講師役を単なる「知識を伝える人」と考えていないからです。人に教えることになれば、自分自身が内容を理解し、自分の経験と結びつけ、相手に説明できるところまで整理する必要があります。
つまり、教えること自体を育成の機会にするという考え方です。私がこの方法を強く意識するようになったきっかけは、ある営業のリーダーとの経験でした。
訪問の意味を、私は伝えきれていなかった
そのリーダーは、営業経験が長く、商品や顧客についての知識も持っていました。取引量の少ない顧客への訪問をどこまで増やすかについても、経験にもとづいた本人なりの判断がありました。
訪問しても、必ず見積り依頼につながるわけではない。価格面でも簡単に採用される商品ではない。
そうした経験を重ねる中で、「訪問しても、すぐ仕事につながらないのであれば、行く意味はそれほど大きくない」という判断になっていたのだと思います。一方で私は、会議の中で「もう少し訪問を増やしてほしい」と伝えるだけでした。
ただ、「訪問してください」と伝えるだけでは、なぜ訪問するのかという意味までは共有できません。
当時の私は、ここを単に行動量の問題として扱うのではなく、営業活動そのものの意味を一緒に整理する機会が必要なのではないかと考えました。
そこで、「受講者」ではなく「講師」をお願いした
以前、心理学の本を読んだときに、人は誰かに教えようとすることで、理解が深まるという趣旨の話を知ったことがありました。本のタイトルは、もう覚えていません。
ただ、「学んでほしいなら、教える側に回ってもらう方法もある」という考え方は頭に残っていました。そこで私は、営業に関する心理学的な考え方をまとめた教材を用意し、そのリーダーに、部下へ教える研修講師をお願いしました。
一番詳しい人だから任せた、というだけではありません。私には、本人自身にも、教える過程でもう一度営業について考えてほしいという狙いがありました。
人に教えるとなると、「分かったつもり」では進められない
研修を受ける側であれば、話を聞いて、「なるほど」と思って終わることもできます。でも、自分が人へ教えるとなると違います。なぜ、この考え方が必要なのか。自分たちの営業では、どんな場面に当てはまるのか。
部下から質問されたら、どう説明するのか。そこまで自分の中で整理しないと、人には説明できません。私は、ここに講師役を任せる意味があると思っています。読むだけの学びと、教えるための学びでは、知識との向き合い方が変わります。

後から「Learning by Teaching」という言葉を知った
この取り組みを始めたとき、私は「Learning by Teaching」という言葉を知っていたわけではありません。先ほどの心理学の本で知った考え方をもとに、学習効果を期待して実践していました。
その後、こうした考え方がLearning by Teaching(教えることで学ぶ)と呼ばれていることを知りました。名前を知ったとき、私が社内でやろうとしていたことは、まさにこれだったのだと感じました。
ただし、私が大切だと思っているのは言葉そのものではありません。社員を「教えてもらう側」に固定しないことです。教える役割を渡すことで、その人が自分の経験を整理し直す機会をつくる。そこに価値があると思っています。
会議での会話が変わってきた
研修のあと、そのリーダーとの会議でのやり取りにも変化が見えるようになりました。
以前は、取引量の少ない顧客への訪問を話題にすると、「すぐに見積りにつながるか」が話の中心になっていました。
研修後は、同じようなテーマを会議で話したときの受け止め方が、以前とは変わったと感じています。もちろん、研修講師を経験したことだけですべてが変わった、と言い切るつもりはありません。
会議での対話や、実際の営業活動を通じた経験も影響していると思います。
ただ、本人自身が人へ教える立場に回ったことで、「訪問してすぐ仕事になるか」だけではなく、顧客との関係をつくることにも意味があるという考え方を、自分の経験とつなげる機会になったのではないかと感じています。
小口顧客への訪問は、月2社から5社へ増えた
行動にも変化がありました。それまで、取引量の少ない顧客への訪問は月2社ほどでした。その後は月5社ほどまで増え、次の予算以降は、この活動について設定したプロセスKPIをすぐに達成できるようになりました。
新規顧客への訪問も20%ほど増えました。

ただし、「研修をしたらすべての営業課題が解決した」という話ではありません。
それでも、私が重要だと感じているのは、本人が訪問の意味を自分の言葉で説明し、自分から取り組める状態へ変わってきたことです。数字以上に、会議での問答が変わったことの方が、私には印象に残っています。
「できないから講師にする」のではない
ここは誤解してほしくないところです。私は、「理解できていない社員だから、講師をやらせればいい」とは考えていません。それでは、講師役そのものが罰のようになってしまいます。
今回のリーダーも、営業経験も専門知識も持っている人でした。ただ、これまでの経験の中で形成された本人なりの判断基準がありました。
そこへ新しい考え方を渡すときに、ただ「覚えてください」と言うのではなく、人へ伝える役割を通じて、自分の経験と新しい考え方を結びつけてもらう。それが目的です。だから私は、「一番できていない人」
ではなく、「この考え方を身につけることで、さらに力を発揮してほしい人」という見方で講師を考えています。
社内講師は「知識を広げる人」だけではない
以前の私は、研修講師というと、知識を持っている人が、知らない人へ教える役割だと思っていました。今は少し違います。社内講師には、二つの育成効果があると考えています。一つは、受講する社員が学ぶこと。
もう一つは、教える社員自身が学ぶこと。です。この二つを同時に起こせるのが、社内研修の面白いところです。

特に、会社の中で教育を内製化していくのであれば、「誰が一番詳しいか」だけで講師を決めるのではなく、「次に誰に育ってほしいか」という視点を加えてもいいと思います。
一番学んでほしい人を、教える側に回してみる
社員に新しい考え方を身につけてほしいとき、私たちはつい、説明を増やそうとします。
資料を渡す。
研修を受けてもらう。
上司から詳しく説明する。
もちろん、それが必要なこともあります。でも、もう一つ選択肢があります。その人自身に、誰かへ教えてもらうことです。
教えるために学ぶ。
自分の言葉で整理する。
質問される。
自分の経験と照らし合わせる。
そして、仕事の中で使ってみる。
この過程そのものが、育成になります。私は今、内部講師を決めるとき、一番詳しい人だけを見ることはありません。このテーマを、次に誰に自分のものにしてほしいか。そこから考えることがあります。
社内研修を、知識を渡すだけの場ではなく、教える人まで育つ場として使う。それも、社員教育を会社の中に残していく方法の一つだと思っています。
研修を「受けて終わり」にしないために
前の記事では、研修を受けたあとに、
「何を学んだのか」
「会社のどの業務で使うのか」
「実際に何を変えるのか」
までつなげる重要性について書きました。
今回の「教える側に回す」という方法も、その延長線上にあります。
▷【関連記事:研修をしても仕事が変わらない理由|学びを実務につなぐ3つの確認】
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